「ハレ」と「ケガレ」から考える葬儀と供養の意味

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お墓問題のもととなっているのは

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葬儀やお墓に関する関心が高まり始めて十年近くが経ちます。その関心の背景には大手流通業者の葬儀業界への参入やお墓についての本によって葬儀のことが一般の方にも知られるようになったことがあります。また、テレビなどでもお墓問題や供養に対する問題が取り上げられるようになったことがあります。しかし、多くの人は現在問題が発生していることを知っているだけでその詳細は知りません。現在の葬儀や供養に関する文化はどのように構築されてきたのでしょうか。また現在日本に起こっているお墓問題や供養の問題はどのようなものであり、どのような解決策があるのでしょうか。そして現在行われている葬儀の形式や今後どのような変化おこっていくのでしょうか。

日常と非日常

わたしたち日本人の文化の根底には「ハレ」と「ケ」そして「ケガレ」という思想があります。これは民俗学の大家である柳田邦夫によって提唱された理論です。日常とは異なる日のことを「ハレ」といい日常を「ケ」と言います。これはわたしたち日本人が農耕を中心として生活してきたことにも少し関係があります。農業をするうえで、働かなくてはならないのは農作物を植える前から農作物を収穫するまでの期間全てです。そのため西洋のように特定の周期で休みが設けられていたわけでなく、年間単位で行事が設定されていました。また同様に宮中など貴人の間でも詳細な行事が設定されていました。「ハレ」の日には、その「ハレ」の日にしか着用しない衣服を着て、お酒や尾頭付きの魚、赤飯など日常とは全く異なる食事をしていました。こうした「ハレ」は暦の中にある特定の日にちに設定されました。また人間の節目である冠婚葬祭も同様に「ハレ」として扱われました。

海外から伝わった、暦と数への信仰

革命

ではこうした年中行事はどのようにして設定されたのでしょうか。中には季節などを由来にしているものもあります。また、土着の宗教をもとにしたものもあるかもしれません。こうした年中行事の日程の設定は海外の文化から定着されたものが多くあります。そして現在のわたしたちにもそうした行事ごとを柔軟に取り入れて楽しむという文化が息づいています。

古くに伝わったものとしては五節句などがあります。五節句というとあまり聞き覚えのないものかもしれません。五節句というのは古代中国の陰陽道に近い思想として唐の時代に伝わってきたものです。実はこの時代から現在までわたしたちの中で続いている風習が五節句なのです。数字には陽数である奇数と、陰数である偶数があります。陽数は縁起のいい数字だと考えられていました。そうした陽数が月と日でゾロ目になる日が節句として扱われたのです。3月3日は桃の節句でひな祭りが行われます。5月5日には端午の節句で現在では子どもの日が設定されています。7月7日には竹の節句として七夕の習慣が残っています。七夕の説話は日本の由来のお祭りだと思っている人も多いかもしれませんが、もともと中国の伝説をもとに作られたものです。そのため中国を中心に韓国、ベトナムなどでも祭られているお祭りなのです。9月9日にはもともと重陽という菊の節句でした。江戸時代には五節句の中で最も盛んにおこなわれた行事で、菊酒や栗飯などを食べて長寿を祈願するお祭りでした。しかし、重陽は近代に入り行われなくなりました。また同様に一桁の奇数が重なる1月1日は元旦であるため、五節句には含まれません。代わりに1月に行う行事としては1月7日の七草があります。現在では行ことが少なくなりつつあるこの節句は人日と呼ばれ春の七草を入れた粥を食べて無病息災、立身出世を願う風習がありました。

実はこうした数に対する信仰は日本人の多くのものの中に多く残っていると言われています。憲法などの重要なものにはこれらのような中国から伝わった数に対する考えが残っていると言われています。聖徳太子で有名な十七条憲法の17という数字は、陰数の最大の数である8と陽数の最大の数である9を足して17になったという説があります。また日本の憲法で重要な条項はすべて陽数のものになっているのも、そうした日本人の数秘学的なものから来ているのではないかという説があります。

近年日本の行事として取り入れられたものとは

善源治

新しく伝わった行事としてはクリスマス、バレンタインデー、ハロウィンなどがあります。クリスマスはもともとキリスト教のお祭りで、その祖であるキリストの誕生を祝う祭りです。西洋ではこの日に家族で集まり七面鳥を食べる習慣があります。日本ではそうした習慣自体よりも子どもがプレゼントをもらえる日としての意味合いが強くなっています。

またバレンタインデーに関しても、もともとの由来はキリスト教のものです。諸説いろいろありますが、その起源はローマ帝国のある時代に起こった出来事から来ているとされています。時の皇帝が戦争をする際に、「兵士が故郷に妻を残したまま戦地に赴くと、生きて帰りたいという気持ちから死ぬ気で戦わない」という理由から兵士の結婚を禁止しました。悲しむ兵士たちをみて、バレンティヌスという司祭がそうした兵士たちの結婚式をひそかに挙げることにしました。密かに行われていた兵士たちの結婚式でしたが、やがてその噂は皇帝の耳に入りました。激怒した皇帝はバレンティヌスに結婚式を挙げないように命をだしました。しかし、皇帝の命に対して屈せずその挙式を続けたため、バレンティヌスは処刑されることになりました。こうしたことからバレンティヌスの処刑された2月14日は恋人の日であり、西洋では恋人同士が贈り物をする習慣にあります。日本以外の地域では主にバラを男性から女性に送る日だとして行われています。しかし、日本ではそうした行事を製菓会社が作り直し、女性からチョコを送る日になったのです。

ハロウィンは古代ケルト人のドルイド信仰から来たお祭りです。10月の最終日に行われるこのお祭りは秋の終わりと冬の始まりである境目の日でした。そのため死者の霊が家族を訪ねてくる日だとされたのです。かぼちゃのランタンはその日に使う魔除けのものであり、魔女やお化けは近所の家を回り「お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ」といってお菓子をもらう習慣がありました。玄関の明かりがついている場合は訪問しても良い、もし玄関の明かりがついていない場合はいたずらをしてもよいというルールになっており、子どもたちはもらったお菓子でハロウィンパーティを行うことになっています。こうした習慣は主に英語圏で広がっている習慣です。日本では2000年前後から少しずつ広がっていったお祭りですが、バレンタインデーがそうであるように日本の習慣は海外のものとは異なります。各地でイベントが催され、そこで仮装をするイベントとして定着しつつあります。

「ハレ」を楽しむ日本の文化

このように日本人は昔から海外からの多くのイベントを吸収し独自のものに変えてきました。その背景には、日常である「ケ」に対して特別な日である「ハレ」を楽しむという習慣が長く続いているのです。

「ハレ」の日というのはその年中行事だけでなく、冠婚葬祭に関しても行われました。冠はかつての元服や現在の成人式のことです。婚は結婚式のことを指します。葬は葬儀、祭はお盆などの法事などを指します。こうしたイベントは人間における年中行事のようなものです。これも「ハレ」のひとつとして考えられるため、今でもそのイベントにあった服装や特別な食べ物などを用いて行います。例えば、成人式では紋付袴や振袖、結婚式では紋付袴や白無垢、葬儀では喪服、法事では礼服などを着用します。こうした服装による日常との識別化はそうしたイベントごとを日本人が日常とは別のものであると考えているからなのです。

日常溜まりつつある「ケガレ」を祓う「ハレ」

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「ハレ」と「ケ」以外のものとして「ケガレ」があります。「ケ」をゼロとした場合、「ハレ」はプラスの特別なものとして考えられています。「ケガレ」という発想は「ハレ」とは反対に日常に対してマイナスであるイベントのことです。葬儀が「ハレ」という区分に入るのか「ケガレ」という区分に入るのかは、民俗学のなかでもいろいろな説があります。

ひとつの考え方としては「ケガレ」というものは日常生活や何かの拍子に人が得てしまう不浄なるものであるということです。例えば血や腐敗などにまつわるものは「ケガレ」とされていました。そうしたものの例として出産、死、月経、病気などがあります。こうしたものが起こるたびに日常とは異なる悪いものが蓄積されると考えられたのです。そのため、そうした「ケガレ」の出来事が起こらないようにするために、また「ケガレ」をその身から落とすために「ハレ」というものが必要とされたのです。  こうした考え方からするならば、死そのものは「ケガレ」であるが葬儀は「ハレ」のイベントだと考えられるのではないでしょうか。

現代にも続く「祓い」の文化

葬儀にまつわる習慣のひとつとして、清めの塩というものがあります。清めの塩の役割は「ケガレ」を祓うものとして死という不浄のものを家の中に持ち込まないため使用されます。葬儀に参列したあとで自宅に入る前に清めの塩を掛けることによって死という「ケガレ」を祓うのです。塩というものが選ばれた理由としては、塩は腐敗を遠ざけるからでしょう。ほとんどの食べ物はそのまま放置しておくと腐敗してしまいます。しかし塩を用いることによってその腐敗速度を遅くすることができます。そのため、塩には腐敗を遠ざける力があると考えられ、「ケガレ」に対策ができるものだと考えられたのです。

また、同様のものとしてお酒があります。アルコールは殺菌効果があることが現在では知られています。古代からアルコールは殺菌や腐敗に対する対策として用いられました。そのため、お酒と塩は神聖なものだと考えられ「ケガレ」を遠ざけるものだとされたのです。今でもそうした習慣は残っています。例えば日本の伝統的な行事である相撲でもお酒と塩は使われています。相撲では取り組みの前に塩が撒かれます。これは相撲がもともと神事であったことから、その舞台である土俵を清めるために行っているのです。また、実はお酒も撒かれています。土俵を作る段階で、昆布や塩、お米などの縁起物にお神酒を注ぎ土俵に埋めているのです。これは相撲が神事であるということや、豊作や無病息災を祈る儀式であったから行っていることなのです。このようにわたしたちは伝統として「ハレ」と「ケガレ」に対する習慣を持っています。相撲の取り組みだけでなく、その前後で行われる様々な儀式を見ているとスポーツではない神事としての面を多く見ることができます。弓取り式であったり、太刀持ちや露払いの存在、また土俵入りの四股など「ケガレ」を払う神事としての儀式がそこにはあるのです。

葬儀の間に行われる様々な儀式もそうした「ケガレ」を払う役割があります。葬儀で宗教者が行う所作や参列者が行う動作にはそうした「ハレ」に対する役割があるのです。優れた宗教者が行う所作には武道や芸術などに通じる動きの美しさがあるでしょう。それはそうした儀式が洗練されたひとつの道のうえにあるものであり、そうした荘厳さが「ハレ」の儀式の中で必要とされたのでしょう。

宗教的な葬儀の意味、現実的な葬儀の意味

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こうしたことから葬儀というのは「ケガレ」を払う「ハレ」の行事のひとつだということができます。では現在の葬儀が持つ意味とはなんなのでしょうか。

単純に物理的な役割をというものを考えた場合、葬儀や埋葬というものは腐敗への対策のひとつでしょう。現在の日本の葬儀に関する法令は昭和23年に出された「墓地、埋葬に関する法律」をもとにしています。その第一条ではこの法律の目的が次のように書かれています。「この法律は、墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とする」。この条文を見る限り現在の日本の葬儀の目的は、国民の一般感情や精神的な面において問題なく遺体の処理が行われることという目的と公衆衛生の改善と疾病などの防止の目的から制定されたものです。 もともと埋葬を行う目的の原始的な意味はこのふたつの目的から行われてきました。遺体を生活空間の周辺に放置することは感情的に悪影響を及ぼします。また、腐敗という意味では周辺の環境に悪臭や汚染などを引き起こします。京都の歴史などを調べてみるとわかるように、当時の都である平安京では遺体が風葬されているケースがほとんどでした。多くの死体は住宅地から離れた場所に放置されたのです。

しかし江戸時代になると、江戸や大坂に人口が集中していきました。市民の生活圏が広がっていき、それまで荒野であった場所までもが都市になっていったのです。人の居住空間が広がっていくとそれだけ郊外である遺体の埋葬場までの距離が近くなります。またかつて埋葬スペースであった場所が居住空間に含まれることになれば、そこをそれ以上埋葬スペースとして使い続けることはできなくなります。結果として考えられた方法は火葬を行うということでした。

火葬と寺院墓地の定着

日本というひとつの集合体を江戸時代以降に見た場合、その平穏な時代の中で緩やかに経済、文化が発展していき、そして人口が増加していきました。長い年月をかけてシステムは形骸化していき、社会は退廃していきました。革命である明治維新が起こり社会はシステムも文化も刷新していきました。停滞は終わりを告げ、新たなシステムの中で社会は発展をしていきました。明治、大正、昭和と発展を遂げ、欧米と肩を並べつつあった日本はもうひとつの大きな契機にさしかかりました。それは第二次世界大戦です。この大きな大戦ののち、明治維新のときのように政治システムや社会や文化などが刷新されました。この大きな変化によって再び日本は大きな成長を遂げます。日本は急速な発展を遂げ、その発展は1979年に出版された有名な作品「ジャパンアズナンバーワン」にも評されたように、世界でも有数の経済大国になっていったのです。

しかし、近代の日本が発展と刷新を繰り返してきたように、古代から多くの文明がそうであったように、永久に拡大し続ける社会は存在しません。少しずつ緩やかになっていった成長は、経済的な面でも人口的な面でもいつか停滞するときがきます。そしてそこから緩やかな後退が始まるのです。

そういった意味では、現在の日本で起こっている、結婚式や葬儀の簡略化は当然のことなのかもしれません。その始まりである江戸時代にはそこまで華美な儀式は行われていませんでした。しかし、経済の発展と共に形作られてきた冠婚葬祭という儀式は少しずつ後退していく局面になりつつあるのかもしれません。

スペースの不足と人口の変化によって発生するお墓の問題

しかし、現在の日本ではかつての江戸と大坂が直面したのと同じような供養の問題が発生しています。それはかつての土葬のときと同じようなスペースの問題でもあります。また、人口が増加したことや、人が活動する空間が広くなったことによって、墓地として使えるスペースが作りにくくなったこともあります。

人口の増加はそのまま埋葬問題につながります。人間の骨を自然に還すには数十年、長ければ100年以上の時間が掛かります。また現在の火葬の方法では、遺骨の表面が土葬の遺体よりも硬くなるため、そのぶん土に還るまでの時間が余分にかかることになるそうです。100年後の未来を想像してみましょう。現在生きている人のほとんどがすでに故人になっていることでしょう。そうなれば現行生きている人の人数だけの遺骨が日本中に存在することになります。これを全て今まで行っていたようにお墓を使って埋葬しようとすると、非常に多くの数のお墓が必要になるでしょう。法律的には遺骨が土に還っていれば、改葬許可証などは必要ないということになっています。「墓地、埋葬に関する法律」が作られた昭和23年は1948年です。そのころ埋葬された遺骨を土に埋葬した場合でさえ、まだほとんどが現存している可能性が高いのです。そうした遺骨を全てこれからも継続的に管理していくことは不可能ではないでしょうか。またそれらの遺骨が眠るお墓を全て管理していくことも難しいのではないでしょうか。

さらにもう一点、そうした問題に拍車をかけることがあります。それはこれからの日本の人口が減少していくという問題です。仮に100年後、現在の日本にいる人間が全員死亡して火葬されたとします。その遺骨はその人数分発生します。しかし人口が減少しているとなれば、少なくとも一人当たり一人以上の遺骨の管理を行わなければならないことになるのです。これはあくまで一世代経過しただけだと仮定した場合の理屈です。実際はもっと多くの世代を経るため、一人が管理しなければならない遺骨の分量ははるかに多くなることでしょう。そうした状況が進んでいけば当然のことながら管理されない遺骨が発生します。同様に管理されないお墓も発生するでしょう。こうした問題は現在の日本の社会が抱えるものであり、現行の埋葬や収蔵のシステムを考えると、起こるべくして起こった現象でしょう。

現行のお墓問題を解決する方法とは
~お墓を所持していくうえで~

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ではこうした問題はどのように解決すべきなのでしょうか。それは現行のシステムを変えていくしか方法はありません。人口の増減に関しては社会構造や経済などが関係する問題であるため、解決することはできません。むしろ社会が成熟するうえで、こうした状況を打破する大きなブレイクスルーがない限りこうした人口の問題が解決することはないでしょう。そのため、変えるべき問題点はむしろ埋葬や収蔵、供養の方法の方なのです。

法律に定められている方法で遺体を処理することを考えた場合、取れる方法には制限が出てきます。大きく分けてその方法は三種類です。ひとつめはお墓を作って供養する方法。ふたつめは遺骨を散骨する方法。そしてみっつめは遺骨を手元で供養する方法です。

ひとつめのお墓を作って供養する方法には様々な供養の方法があります。従来のようにお墓の永代使用権を購入してそこに個人もしくは家族の墓を建てて、そこに遺骨を収蔵する方法です。現在でも多くの人がこうした方法を望んでいます。そのため、急激にこうした供養の方法が減少していくことはないでしょう。これからそうしたお墓を作っていくうえで、供養の期限や墓じまいの方法などをある程度明確にしておくことがご本人にとっても後継者にとってもこれから重要になっていくと思われます。

また、お墓は使用して供養はするけれど、お墓の所有はしないという方法もあります。それは永代供養というサービスです。永代供養は1990年代から少しずつ行われるようになった供養の方法です。具体的な内容に関してはさまざまです。共通して言えることは、お墓の土地の使用権を購入せず、またお墓そのものの管理に関しても霊園管理者に委託するということです。お墓の問題は遺骨の最終管理をする人がいないということと、お墓そのものを処分する人がいないということから起こっています。この永代供養という方法は、遺骨もお墓も管理維持を霊園管理者に任せるのです。一定の期間が設けられており、その期間が経過すればお墓も遺骨も霊園管理者が処分を行うことになります。こうすることによって、遺骨が放置されたりお墓が荒廃したりという問題が発生しないのです。ただし供養の方法や最終的な処分の方法、そこに至るまでの期間などはその霊園管理者によって様々です。そのため、申し込む前にきちんと詳細を調べておく必要があります。

お墓と遺骨を所持しない方法

ふたつめの方法である散骨も、先に挙げた遺骨とお墓の問題を解決する方法です。先に挙げた永代使用権を購入する方法や永代供養を行う場合は、なんらかの形でお墓を必要とします。しかし、散骨を行う場合は、お墓そのものを作らずに遺骨を処分してしまうのです。ここで懸念されるのは遺骨をどうやって処分するのか、ということです。焼骨の収蔵については「墓地、埋葬に関する法律」によって規定がされています。火葬された遺骨とはいえ、遺骨があちこちにあるという状況は事件性のあるものかそうでないのか、行政が混乱することになります。そのため、遺骨を収蔵できるのは、許可を得た納骨堂や墓地、霊園だけとされています。これ以外の場所に遺骨を埋蔵した場合は法律に違反することになります。では地上に放置するのはどうでしょう。これに関しても先に挙げた事件性の問題になってしまうため、問題が発生します。しかし、土地の所有者に許可をもらったうえで、周辺に住民がいない状態で、かつ遺骨だとわからないように粉砕したうえで、常識の範疇であるならば散骨は法には触れていないものだとされているのです。そのため海洋や山林の一部でありきちんと粉砕された状態であれば散骨は問題なく行うことができます

遺骨を所持し続ける方法

みっつめの方法は手元供養です。埋葬や収蔵に関しては詳細なルールが決まっていますが、遺骨そのものを必ず収蔵しなければならないというルールはありません。また遺骨を収蔵するまでの期限も定められていません。そのため、自宅に遺骨を保持管理しておいてもなんら法律としては問題になりません。しかし、ある意味でこの方法は先に挙げたお墓と遺骨の問題の解決方法にはならないかもしれません。いずれは遺骨の行き先を決めなければならないことを考えると自宅供養をしていても問題の先送りになっているだけでなんら解決はされていないからです。

こうした形ではない方法での手元供養の方法も存在しています。それは遺骨をアクセサリーにするなどの方法で所持することです。遺骨から人工的にダイヤモンドを作り出し、それをアクセサリーにしたり、また遺骨を細かくしてアクセサリーの中に含有するなどの方法もあります。

葬儀を挙げる必要性とは

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いずれにせよ、遺骨の問題やお墓の荒廃に関する問題は解決しなければならない社会的な問題です。それに対して葬儀そのものはお墓の問題とは違い、葬儀は一度行えば終了するものであるためあとに大きく残る問題ではないからです。

現在行われている葬儀の方法としては大きく分けると二種類あります。ひとつは参列者を伴う方法、もうひとつは家族のみで行い参列者を伴わない方法です。

前者の参列者を伴う方法は、一般葬と呼ばれています。というのはこうした参列者を伴う葬儀の方法というのは少なくとも明治以降一般的に行われてきた方法だからです。故人の亡くなった日の当日に仮通夜を行い、その翌日に本通夜を、そしてさらにその翌日に葬儀と告別式を行う。本通夜と告別式には故人の知人や友人、仕事の関係者などに参列してもらい故人を偲ぶというのが、日本で従来行われてきた葬儀の方法でした。そのため、こうした形式の葬儀のことを一般葬と呼ぶのです。

一般葬に対して、その他の葬儀の方法にはそれぞれ名称が付けられています。例えば先の一般葬では参列者がいましたが、参列者なしで家族のみで行う葬儀も最近では行われています、こうした葬儀のことを家族葬と言います。家族葬は参列者がいないため、参列者にかける費用が抑えられる点、遺族のみで行う葬儀であるため遺族が満足のいく規模で行えばいい点、そして参列者に対する対応をしなくても良いため、故人との最後の時間をゆっくりと過ごせる点があります。

また日程が一日である一日葬もあります。これは本通夜、そして葬式と告別式の二日で行っていた葬儀を一日で行うという形式です。日程を縮めることによって負担や費用を抑えることができます。

また葬儀の式を行わず、そのまま火葬場に行く直葬というものもあります。最近では葬儀の費用を抑えるためにこうした形式を望む人もいます。

埼玉県東部地域での葬儀でお困りのときは

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光輪霊園は埼玉県の東部地域松伏町にある霊園です。寺院の境内にあるお墓ではありますが、霊園という名称でもありますように宗旨宗派を問わず利用することができます。また変化しつつある現代の供養の形に対応できるよう、伝統的なお墓を使った供養の方法のほかに、俱会一処という合同墓や納骨堂を使った永代供養付きの供養、樹木葬形式での合葬墓もございます。

越谷、春日部、吉川などからお墓参りに来ることができるよう70台の専用駐車場もございます。また、公共交通機関でお越しいただくこともできます。

埼玉県東部地域で霊園をお探しの際は光輪霊園にご相談ください。