最後にお墓参りに行ったのはいつのことでしょうか。最近では自身のお墓だけでなく、有名人のお墓や歴史上の人物のお墓を参拝する人も増えているそうです。最近ではご朱印帳を持って神社をめぐっている女性なども多く、刀剣を見るために美術館や博物館に足を運ぶ人もいます。西洋化を続けてきた日本人の伝統的なものに対する回帰の気持ちがそこにはあり、現代というストレスの多い社会の中で癒しを与える独特の雰囲気がそこにはあるのではないでしょうか。
他の動物とは違い、人間には学習によって変化する部分が非常に多くあります。生き物としての本能的な部分が他の動物よりも少なく、その代わりに学習によってさまざまなことができるようになっているのです。つまり人間の多くの感情や行動は生後に身につけたものであり善悪の判断や快不快などの感覚も学習によってなされたものが多いのです。わたしたちが行っている習慣に合理性とはかけ離れているものがあります。例えば先に挙げた神社を参拝することやお墓参りをすることなどを見てみた場合、その行動が現世に即物的に結びつくことは全くないのです。しかし、わたしたちは神社に参拝をし、お墓参りをします。これは日本人として後天的に身につけた文化であり、それをすることによって心の安らぎを得られるから行っているのでしょう。では海外の文化に対してはどうでしょうか。
海外にも日本の神社や霊園のようなものがあります。神社や仏閣の代わりに教会やモスク、神殿などがあります。また墓地や霊園は海外にも日本とは異なる形ではありますが存在しています。そうした日本の文化にない宗教的なものを見たときにわたしたちはどのような感情を抱くのでしょうか。そこに荘厳さや畏怖などを感じることがあるのだとすれば、宗教的施設や墓地、霊園には、人間の本能的な部分に対して何か投げかけるものがあるのかもしれません。
現在ではお墓を作る人が少なくなっています。時代に合わせて永代供養や散骨などを行う方が増えてきています。そこには経済的な理由やお墓に対する管理の問題、そして遺骨そのものの問題があります。そうした癒しの空間が少なくなってきたためストレスの多い社会になってきたのか、ストレスの多い社会になってそうした空間を維持することが難しくなったのかはわかりません。しかし、霊園が今まで存在していたということは、これまでそれが必要とされていたからでしょう。 光輪霊園は埼玉県松伏町にある霊園です。霊園であるため、宗旨宗派を問わず供養を行うことができます。光輪霊園は開けた公園のような雰囲気と寺院墓地のような荘厳な空気を持った霊園を目指しています。越谷、春日部、吉川など松伏周辺の地域で霊園をお探しの際は光輪霊園にご相談ください。