最近の霊園に見る墓石のデザインとは

現在のお墓のデザインは多岐に渡ります。一般的にお墓と言われて想像する縦長の直方体のもの以外に、横長のものや、モニュメントのようなものもあります。最近では霊園を歩いていると比較的斬新なデザインのものに出会うこともあります。また墓石を使ったお墓だけでなく、樹木葬のように樹木を墓石代わりに使うことも多くなってきました。ではこうした墓石というものはどうして現在のようになっているのでしょうか。

日本の墳墓や墓標の始まりとは

歴史をさかのぼってみると、日本のお墓は古墳時代に始まります。しかし、こうした為政者の作った墳墓は現在のわたしたちのお墓とかけ離れており、現在の墓標とは繋がりません。現在のわたしたち墓標の文化に繋がるのは平安時代末期ごろから日本で見られるようになった五輪塔がその起源でしょう。仏教における塔というものはそもそも聖遺物である仏の遺骨や遺した物品を納めるために作られたものでした。こうした塔をまねて作られたものが五輪塔でした。五輪塔は仏教の思想である、地、水、火、空、風の五つの要素を表現するものとして作られています。五輪塔には徳の高い宗教者や為政者などが葬られました。のちにこれが姿を変えていき、現在のような縦長の墓石になっていったという説もあります。

典型的な墓石の形から個性的な墓石の形に

もともとこうした縦長の墓石は江戸時代に始まりました。そうした墓石は高級品だったのです。単純に石を直方体に削ることが困難であり、そうした技術を持つ職人は限られていたからです。しかし、技術革新が進み石を加工する技術が向上していくとともに現在のような墓石が流通していきました。こうした墓石が一般的になっていくと今度はそうしたデザインとは異なるものを作られるようになりました。それが横長のものであったり、独自のデザインのものであったりしたのです。更に永代供養の広がりによる合葬碑が増えました。また墓石が石であることから処分が難しいこともあり、樹木がその墓標として使われるケースも増えてきています。現在では多くの霊園でこうした従来とは異なる墓標を見ることができます。

霊園そのもののイメージの変化

現在の霊園は以前のものとはイメージが変化してきています。墓石ひとつひとつのデザインにしても、霊園全体のイメージにしても、旧来の暗くてじめじめしたものから変化してきているのです。長い間、墓地や霊園は生活空間とは隔絶した穢れの場所だとされてきました。しかしこれからの墓地は誰にも開かれた人の集まりやすい故人と対話するための場所に変わっていくのではないでしょうか。光輪霊園は埼玉県東部ある霊園です。寺院の境内にある霊園ではありますが宗旨宗派を問わずご利用いただくことができます。また、専用の駐車場を70台完備しており、公共交通機関でもバスですぐそばまでお越しいただくことができます。松伏周辺地域の越谷、春日部、吉川でお墓をお探しの際は一度、光輪霊園までお越しください。