思想家であり民権運動家でもあった中江兆民

明治時代に活躍したジャーナリストでもあり政治家でもある中江兆民。日本史の教科書にも載っている東洋のルソーと呼ばれる人物が亡くなったのは今から100年以上も前のことです。彼の亡骸は日本で最も有名な霊園である青山霊園に葬られています。

中江兆民が予想したお墓問題とは

彼が生きている間に残した言葉のひとつに、次のようなものがありました。「人間が死ぬとどんどんと墓地が増えていってしまう。墓地が増えていくと住宅地や農地を侵食してしまう。自分が死んだときには火葬した骨と灰を海に撒いてほしい」というような内容でした、これは現在の多くの人が望んでいることでもあります。現在のお墓の問題はその維持や管理という個人的な点でも、また土地を多く使用してしまうという社会的な点でも問題となっています。戦後に建てられた多くのお墓の一部が、後継者に受け継がれることなく放置され荒れ果ててしまっているというニュースを目にしたこともあるでしょう。中江兆民はこうした状況を今から100年も以上前に予見していたのです。

そして100年後の現在

現在のお墓の事情は深刻な状況にあります。自治体が運営管理する公営霊園は、都市部では非常に高い倍率となり、申し込んだとしてもなかなか利用できる状態にはなりません。また、離婚率の上昇から単身世帯が増え、親戚を探すもの困難であるという状況が多く起こっています。そのため、お墓を作るにしても管理をする人間がおらず、永代供養や散骨といった方法を望む人が増えてきました。またお墓の管理維持などを子孫に負担させたくないという考えから、そうした方法を選択する人も増えています。自分の入るべきお墓を所有している人は現在人口の半分にも満たないことから、これからもお墓は増えていき、その増えた数だけの負担がそこには起こりうるのでしょう。以前はあまり聞き覚えのなかった、改葬や墓じまいという言葉も最近耳にすることが増えてきたと思います。墓を建立する段階で、最終的にその墓をどうするのかということまで決めておくことは、現代に生きるわたしたちに課せられた使命のひとつではないでしょうか。

これからのわたしたちの課題

供養の方法を選択すること、管理維持をどう行うかをきちんと考えること、これらがわたしたちが考えなければならないことです。光輪霊園は埼玉県東部の松伏町にある霊園です。今までにも多くの方の遺骨を埋葬してきました。葬儀や埋葬が複雑化する現代、お墓のことをきちんと相談できる相手が必要だと思います。春日部、越谷、吉川周辺地域で霊園をお探しの際は光輪霊園にご相談ください。